どこの国でも同じだが、カナダでもニュースと言えば嫌なニュースの方が多い。
このところ毎日のように報道されていたのが、ロサンゼルスの郊外の公園のゴミ捨て場にバラバラ死体の入ったスーツケースが発見されたというもの。
被害者は28歳の元モデルで、容疑者が発覚を恐れて遺体の歯を抜き指を切断していたらしい。
容疑者はその夫で、カナダはカルガリー州出身のリアリティー・ショー(たぶんデート番組みたいなショーだと思う)のスターだった。
事件の残忍性はもとより、二人ともが美男美女のプチ有名人(容疑者は大金持ちのボンボンだった)で写真や映像が豊富にあり、しかも容疑者がカナダに逃亡したという情報も流れてアメリカとカナダで大騒ぎになった。
日本だったら絶好のワイドショー・ネタである。
結局容疑者の男がBC州のホープにあるモーテルの一室で自殺をしていたところを発見され、あっけない幕切れとなった(ただし容疑者の母親は「うちの息子はやっていない」と主張している)。
ところで、バラバラにされていたにもかかわらずなぜ被害者の身元がわかったのか?
なんと被害者は豊胸手術を受けており、それに使われたシリコンの製造ナンバーで身元がわれたのだった。
いやはやまったく、悪いことはできませんな。
そんな中、ちょっと心温まるニュースだったのがコレ:
B.C. toddler lost in Yukon gets to keep dog he followed
BC州カムループスから家族でキャンプに来ていた2歳の男の子が、ユーコン準州の森の中で行方不明になった。
森と言っても「bush」ということで、そんじょそこらの森とは違って「未開拓の森林地帯」とか「奥地」とか表現されるような場所である。
その日テレビでも何度も報じられ、さすがにそんな小さな子供では生存は絶望的かと思われたのだが、行方不明から25時間後にレスキュー・ヘリコプターのパイロットによって発見された。
発見されたとき犬と一緒にいて、ちょっとした脱水症状を起こしてジュースを欲しがったものの、いたって元気だったらしい。
一緒にいた犬は別の家族が飼っていた犬で、その犬の後を追って森の奥に迷い込んでしまったのではないかということだった。
警察いわく
「おそらく犬が子供をあたためて寒い夜を乗り切ったのだろう」
犬を飼っていた家族は子供も犬も無事だったと聞いて喜び、その犬をあげることを決めたそうだ。
ちなみに「toddler」とは「2~4歳くらいの幼児」の意味、「よちよち歩く、ブラブラ歩く」という動詞の「toddle」からきたもの。
2009/09/09
2009/08/28
運転マナーと交通事故
夕食後散歩をしようと家の近所の横断歩道(わりに広い幹線道路)を渡り切ったところで「ドン、ガシャーン!!」というものすごい音がした。
びっくりして振り返ると、黒のトヨタが信号で止まっていた前方のクルマにおもいっきり追突していた。
追突された方はそれほどでもなかったけれど、トヨタの方は前がめちゃくちゃに壊れていた。
これでモメたら目撃者が必要になるんじゃなかろうかとしばらく立ち止まって見ていたのだが、他にもたくさん見ている人がいて、怪我人もなく両方ともモメる風でもなかったのでそのまま立ち去った。
たぶんトヨタの方の若いお兄ちゃん(こちらでよく見るいまどき古臭いラッパーみたいな格好の)は、ケータイで話に夢中だったのだろう。
BC州ではまだ運転中のケータイを禁止する法律がなく(規制しようという動きは出てきている)、びっくりするくらいたくさんの人が電話をしながら運転している。
なーんかヨロヨロ運転しとるなあ、と思うとだいたい電話中だ。
バンクーバーの運転マナーはかなり悪い。
ここ10年ほどでますます悪くなった、とみんな言う。
一番多いのは昔から飲酒運転らしい。
その上信号無視・ウィンカーを出さずに曲がる・急に横入りする・一方通行を逆走する、などなど日常茶飯事である。
一番目につくのが、信号の停止線でちゃんと止まれないドライバーがやたらに多いことだ。
それもちょっと越えているという程度ではなく、ブレーキを踏むタイミングが遅いのか、停止線なんかどうでもいいと思っているのか、歩行者に突っ込みそうなくらい停止線を越えて止まり、慌ててバックしたりするドライバーをよく見かける。
集中力が持続しない、すぐ別のことに気をとられやすい、というような気質もあるのかもしれない。
それがバンクーバー人の気質なのかカナダ人全体がそうなのか、あるいは北米の特徴なのかはよくわからないけれども、そういうことはクルマの運転の仕方以外にも感じることが多々ある(まあこういった気質が長い人生において絶対に悪いことかどうかは一概には言えないと思う)。
バックするのはまだマシな方で、そのまま横断歩道の真ん中に平然と止まったままのクルマも多い。
それで歩行者が車体を叩いたり、ドライバーに罵声を浴びせたりして大騒ぎになっていることもある。
でもまあたいていはみんな、ちっ、またかよ、という風に邪魔なクルマをよけて横断歩道を渡っていく。
しかしそれ以上にいつも怖いと思うのが、横断歩道を渡っているときに右折してくるクルマである。
こちらではドライバーの前方の信号に関係なく(つまり赤信号であっても)、左右の交通を確認して安全と判断できれば右折できるのだ。
渋滞の解消に少しは役立つのかもしれないものの、ドライバーが歩行者を認識できずに曲がってしまったらアウトだ。
実際猛スピードで無理やり右折するクルマも多いし、ああ危なかった、と冷や汗をかくこともよくある。
つい先日家の近くで事故があり、バギーに乗せられて母親と横断歩道を渡っていた二歳の女の子が死亡した。
右折してきたクルマに轢かれたのである。
母親は回復に向かってはいるが重体らしい。
ドライバーの不注意だったのか、母親が信号無視をしたのか、あるいは他に原因があるのかはこれから目撃者の証言で調べるようだ。
かなり悲惨な事故だったようで、付近の道路が通行止めになって大渋滞していた。
悲惨すぎて、そのままカウンセリング送りとなった目撃者も多かったと言う。
バンクーバーは歩行者も信号無視をする人が多いし、道路を渡るときに自分よりバギーが先に出るのが怖くないんだろうか、と個人的に思うことがよくあり、おまけに自分がいつも利用している道路だったこともあってちょっとショックだった。
女の子と遺された家族、事故を起こしてしまったドライバーのことを思うと胸が痛む。
びっくりして振り返ると、黒のトヨタが信号で止まっていた前方のクルマにおもいっきり追突していた。
追突された方はそれほどでもなかったけれど、トヨタの方は前がめちゃくちゃに壊れていた。
これでモメたら目撃者が必要になるんじゃなかろうかとしばらく立ち止まって見ていたのだが、他にもたくさん見ている人がいて、怪我人もなく両方ともモメる風でもなかったのでそのまま立ち去った。
たぶんトヨタの方の若いお兄ちゃん(こちらでよく見るいまどき古臭いラッパーみたいな格好の)は、ケータイで話に夢中だったのだろう。
BC州ではまだ運転中のケータイを禁止する法律がなく(規制しようという動きは出てきている)、びっくりするくらいたくさんの人が電話をしながら運転している。
なーんかヨロヨロ運転しとるなあ、と思うとだいたい電話中だ。
バンクーバーの運転マナーはかなり悪い。
ここ10年ほどでますます悪くなった、とみんな言う。
一番多いのは昔から飲酒運転らしい。
その上信号無視・ウィンカーを出さずに曲がる・急に横入りする・一方通行を逆走する、などなど日常茶飯事である。
一番目につくのが、信号の停止線でちゃんと止まれないドライバーがやたらに多いことだ。
それもちょっと越えているという程度ではなく、ブレーキを踏むタイミングが遅いのか、停止線なんかどうでもいいと思っているのか、歩行者に突っ込みそうなくらい停止線を越えて止まり、慌ててバックしたりするドライバーをよく見かける。
集中力が持続しない、すぐ別のことに気をとられやすい、というような気質もあるのかもしれない。
それがバンクーバー人の気質なのかカナダ人全体がそうなのか、あるいは北米の特徴なのかはよくわからないけれども、そういうことはクルマの運転の仕方以外にも感じることが多々ある(まあこういった気質が長い人生において絶対に悪いことかどうかは一概には言えないと思う)。
バックするのはまだマシな方で、そのまま横断歩道の真ん中に平然と止まったままのクルマも多い。
それで歩行者が車体を叩いたり、ドライバーに罵声を浴びせたりして大騒ぎになっていることもある。
でもまあたいていはみんな、ちっ、またかよ、という風に邪魔なクルマをよけて横断歩道を渡っていく。
しかしそれ以上にいつも怖いと思うのが、横断歩道を渡っているときに右折してくるクルマである。
こちらではドライバーの前方の信号に関係なく(つまり赤信号であっても)、左右の交通を確認して安全と判断できれば右折できるのだ。
渋滞の解消に少しは役立つのかもしれないものの、ドライバーが歩行者を認識できずに曲がってしまったらアウトだ。
実際猛スピードで無理やり右折するクルマも多いし、ああ危なかった、と冷や汗をかくこともよくある。
つい先日家の近くで事故があり、バギーに乗せられて母親と横断歩道を渡っていた二歳の女の子が死亡した。
右折してきたクルマに轢かれたのである。
母親は回復に向かってはいるが重体らしい。
ドライバーの不注意だったのか、母親が信号無視をしたのか、あるいは他に原因があるのかはこれから目撃者の証言で調べるようだ。
かなり悲惨な事故だったようで、付近の道路が通行止めになって大渋滞していた。
悲惨すぎて、そのままカウンセリング送りとなった目撃者も多かったと言う。
バンクーバーは歩行者も信号無視をする人が多いし、道路を渡るときに自分よりバギーが先に出るのが怖くないんだろうか、と個人的に思うことがよくあり、おまけに自分がいつも利用している道路だったこともあってちょっとショックだった。
女の子と遺された家族、事故を起こしてしまったドライバーのことを思うと胸が痛む。
2009/08/23
Travelling with Yoshitomo Nara
先月「Kibatsu Cinema; eccentricity, popular culture and contemporary Japanese film」というちょっとした邦画のイベントをやっていて、そこで「Travelling with Yoshitomo Nara(奈良美智との旅の記録)」を観た。
他にも「Kamome Diner(かもめ食堂)」、「Adrift in Tokyo(転々)」、「Yayoi Kusama: I love ME」などを上映しており、「かもめ食堂」は封切られたときに観たし(とてもいい映画だった)、「転々」はこっちの映画館で観たばかりだし、草間彌生のドキュメンタリーはちょっと観たかったのだけれどもダンナが怖がるといけないと思い(!)、結局奈良美智の方を観ることにしたのだった。
こちらも2006年に青森県弘前市で開催された、奈良美智とgrafによる展覧会「A to Z」の前後を追ったドキュメンタリー。
当時この展覧会に行きたくて青森行きを企画していたものの、事情があって行けなかったのが今でも残念だ。
実は最初に奈良美智に興味を持ったのは作品の方ではなく、奈良美智ってセクシー!、という不純な動機からだった(まあそういう人はわりに多いんじゃないだろうか)。
何せ青森弁を話して日本一セクシーなのがこの人である。
それに作品を描いているときの彼は、それはそれは色っぽい。
そもそも人間、まわりも見えず何かに打ち込んでいる姿というのは色っぽいものなんだけれども。
まあ奈良美智なんか好きじゃない、という人にとってはどうってことのない映画かもしれないが、個人的にはいろいろと考えさせられたし、いいドキュメンタリーだった。
元パンク・ロッカーのダンナも
「この人、基本的にはパンク・ロックな人だよ」
と説明したら、喜んで観ていた。
映画の中に流れる音楽で知っているものもあって気に入ったらしい。
後でわかったのだけれど、奈良が好きでCDジャケットも製作しているBloodthirsty Butchers(パンク出身だが今はオルタナティブの)というバンド、インディーズ時代に「Taste」というアルバムに曲が収められていて、そのアルバムにうちのダンナが所属していたパンク・バンドの曲もあったのだ。
最後の方で
「人と関わることでもう昔のような作品を描くことはできなくなった。でも昔には描けなかったものが描けるようにはなった。これが良いことなのか悪いことなのかはわからない」
みたいなことを口下手な彼がぼそぼそと語っていたのがとても印象的だった。
人生はきっとこういうことの繰り返しで、永久に答えなど出ないものなのだろう。
それにしても村上春樹といいこの人といい、人は年を取るとデタッチメントからコミットメントに向かうのだろうか。
今まさに、自分がそんな転機にいるような気がする。
他にも「Kamome Diner(かもめ食堂)」、「Adrift in Tokyo(転々)」、「Yayoi Kusama: I love ME」などを上映しており、「かもめ食堂」は封切られたときに観たし(とてもいい映画だった)、「転々」はこっちの映画館で観たばかりだし、草間彌生のドキュメンタリーはちょっと観たかったのだけれどもダンナが怖がるといけないと思い(!)、結局奈良美智の方を観ることにしたのだった。
こちらも2006年に青森県弘前市で開催された、奈良美智とgrafによる展覧会「A to Z」の前後を追ったドキュメンタリー。
当時この展覧会に行きたくて青森行きを企画していたものの、事情があって行けなかったのが今でも残念だ。
実は最初に奈良美智に興味を持ったのは作品の方ではなく、奈良美智ってセクシー!、という不純な動機からだった(まあそういう人はわりに多いんじゃないだろうか)。
何せ青森弁を話して日本一セクシーなのがこの人である。
それに作品を描いているときの彼は、それはそれは色っぽい。
そもそも人間、まわりも見えず何かに打ち込んでいる姿というのは色っぽいものなんだけれども。
まあ奈良美智なんか好きじゃない、という人にとってはどうってことのない映画かもしれないが、個人的にはいろいろと考えさせられたし、いいドキュメンタリーだった。
元パンク・ロッカーのダンナも
「この人、基本的にはパンク・ロックな人だよ」
と説明したら、喜んで観ていた。
映画の中に流れる音楽で知っているものもあって気に入ったらしい。
後でわかったのだけれど、奈良が好きでCDジャケットも製作しているBloodthirsty Butchers(パンク出身だが今はオルタナティブの)というバンド、インディーズ時代に「Taste」というアルバムに曲が収められていて、そのアルバムにうちのダンナが所属していたパンク・バンドの曲もあったのだ。
最後の方で
「人と関わることでもう昔のような作品を描くことはできなくなった。でも昔には描けなかったものが描けるようにはなった。これが良いことなのか悪いことなのかはわからない」
みたいなことを口下手な彼がぼそぼそと語っていたのがとても印象的だった。
人生はきっとこういうことの繰り返しで、永久に答えなど出ないものなのだろう。
それにしても村上春樹といいこの人といい、人は年を取るとデタッチメントからコミットメントに向かうのだろうか。
今まさに、自分がそんな転機にいるような気がする。
2009/08/14
Scene-stealing squirrel crashes Banff tourist photo
8月13日のCBCニュースに
「A cheeky squirrel in Alberta's Banff National Park has gone viral after stealing the spotlight in a tourist's photo(アルバータ州バンフ国立公園で、観光客の撮った写真に割り込んだあつかましいリスが大ブレイク)」
という記事が載った:Scene-stealing squirrel crashes Banff tourist photo
アメリカのミネソタ州から、カナダはアルバータ州のバンフに観光にやって来た夫婦が記念写真を撮ろうとカメラを三脚にセッティングしてリモート・シャッターを切ったところ、リスが写ってしまった。
どうもオートフォーカスの音に反応したらしい。
グッド・タイミングでひょっこり飛び出してきたおかげで、思いっきりリスの方にピントが合い、肝心の夫婦がボケている。

(photographed by Melissa and Jackson Brandts)
あまりにもおもしろい出来なので、夫婦はNational Geographic・コンテストにこの写真を送り、National Geographicがそれを8月7日のオンライン・ギャラリーに載せた(コチラ)。
するとものすごい反響があり、一週間もしないうちにリスは「Crasher Squirrel」とあだ名をつけられ、インターネット上でこのリスをいろんな画像に貼り付けた加工画像が続出したそうだ(コチラ)。
ちなみに「A cheeky squirrel in Alberta's Banff National Park has gone viral」の「go viral」とは「(口コミの評判などにより)ブレイクする、(まるでウイルスのように)人から人で急速に伝播する」の意味、「Crasher Squirrel」の「crasher」とは「(呼ばれていないのに)押しかける人、割り込む人」の意味。
いやーしかしおもしろすぎるわ、このリスちゃん。
「A cheeky squirrel in Alberta's Banff National Park has gone viral after stealing the spotlight in a tourist's photo(アルバータ州バンフ国立公園で、観光客の撮った写真に割り込んだあつかましいリスが大ブレイク)」
という記事が載った:Scene-stealing squirrel crashes Banff tourist photo
アメリカのミネソタ州から、カナダはアルバータ州のバンフに観光にやって来た夫婦が記念写真を撮ろうとカメラを三脚にセッティングしてリモート・シャッターを切ったところ、リスが写ってしまった。
どうもオートフォーカスの音に反応したらしい。
グッド・タイミングでひょっこり飛び出してきたおかげで、思いっきりリスの方にピントが合い、肝心の夫婦がボケている。

(photographed by Melissa and Jackson Brandts)
あまりにもおもしろい出来なので、夫婦はNational Geographic・コンテストにこの写真を送り、National Geographicがそれを8月7日のオンライン・ギャラリーに載せた(コチラ)。
するとものすごい反響があり、一週間もしないうちにリスは「Crasher Squirrel」とあだ名をつけられ、インターネット上でこのリスをいろんな画像に貼り付けた加工画像が続出したそうだ(コチラ)。
ちなみに「A cheeky squirrel in Alberta's Banff National Park has gone viral」の「go viral」とは「(口コミの評判などにより)ブレイクする、(まるでウイルスのように)人から人で急速に伝播する」の意味、「Crasher Squirrel」の「crasher」とは「(呼ばれていないのに)押しかける人、割り込む人」の意味。
いやーしかしおもしろすぎるわ、このリスちゃん。
2009/08/09
JK Wedding Entrance Dance
ちょっと前にニュースで見たのだけれど、「JK Wedding Entrance Dance」という、アメリカはミネソタ州に住む個人の結婚式を撮った動画がyoutube上で爆発的にブレイク、7月19日にアップしてから10日でアクセス数900万、書き込み4万7000件を上回ったらしい。
この「JK Wedding Entrance Dance」というタイトルの「JK」とは、新郎新婦であるKevin HeinzとJill Petersonのファーストネームの頭文字を取ったもの。
動画の方は結婚式が始まると、案内人、新郎の付介添え人、新婦の介添え人、新郎、そして新婦が次々と踊りながら登場するというもので、これが確かに見ているとなんだかほのぼのしていて(皆ダンスがさして上手いわけではないところなんかも)笑える。
こんな楽しそうな結婚式だったらぜひとも出席してみたい。
新郎なんか、でんぐり返しときたもんだ。
わたしが見たときはすでに1,700万アクセス(!)を超えていた。
こちらがその動画:
あまりにも有名になりすぎたこのカップル、アメリカNBC放送の番組にまで出演し、ついでに今度はパロディ動画も現れた。
その名も「JK Divorce Entrance Dance」、つまり「JK離婚調停バージョン」である。
まあこれもおもしろくないことはないものの、やっぱり本家の方が全然いいな。
ちなみに英語で案内人は「usher」、新郎の介添え人は「groomsman」、新婦の介添え人は「bridesmaid」。
この「JK Wedding Entrance Dance」というタイトルの「JK」とは、新郎新婦であるKevin HeinzとJill Petersonのファーストネームの頭文字を取ったもの。
動画の方は結婚式が始まると、案内人、新郎の付介添え人、新婦の介添え人、新郎、そして新婦が次々と踊りながら登場するというもので、これが確かに見ているとなんだかほのぼのしていて(皆ダンスがさして上手いわけではないところなんかも)笑える。
こんな楽しそうな結婚式だったらぜひとも出席してみたい。
新郎なんか、でんぐり返しときたもんだ。
わたしが見たときはすでに1,700万アクセス(!)を超えていた。
こちらがその動画:
あまりにも有名になりすぎたこのカップル、アメリカNBC放送の番組にまで出演し、ついでに今度はパロディ動画も現れた。
その名も「JK Divorce Entrance Dance」、つまり「JK離婚調停バージョン」である。
まあこれもおもしろくないことはないものの、やっぱり本家の方が全然いいな。
ちなみに英語で案内人は「usher」、新郎の介添え人は「groomsman」、新婦の介添え人は「bridesmaid」。
2009/08/07
日本人が外に出るとき(犬養道子著)
ときどき「カナダでは」とか「インドでは」とか、ものごとを国でひとくくりにして説明する人がいる。
たとえば
「カナダでは車で大型スーパーに行って、1週間ぶんの食料品を買い込みます」
なんていうのを読んだりすると、カナダって言ったって広いよオイ、と思う。
うちは住んでいるのがバンクーバーのダウンタウンだから買い物はちょこちょこ歩いて2日に一度くらいは行くし、場所によっては冬は1ヶ月に一回しか買い物に行けない、とか、ボートで湖を渡って小さな食料品店に買出しに行く、とかいろいろあるだろう。
たとえば屋久島と東京の23区内では生活様式や気候や習慣などが違うように、その国の中でも住んでいる地域によって違ってくる、という想像力がポッカリ抜けているのである。
これはそんな日本人に、駐在員として(主にその妻向けだが)外国に住んだとき
「そんなに想像力が欠如しているようではイカンよ!」とか「そんな甘えた態度でどうする、依存心を捨ててもっと自立せよ!」とカツを入れてくれる本。
ようするに「外国でどんなふうに立派に日本人代表として振舞うべきか」という指南書なんである。
20年前に書かれたものだからちょっと内容は古くさいし(もはや外国に行くのは駐在員だけではなくなったし、それほど気負って外国に行くことも当時に比べれば少なくなった)、天下の犬養道子が書いただけあって主に大使館とか会社の代表者とかそれなりに地位のある人の駐在でないと意味がないような感じもなきにしもあらずだけれど(しかも庶民のわれわれには嫌みったらしく読めるところもある)、よくよく読んでみれば、なるほどなあ、と今さらながら納得したり反省したりする点も多い(ちなみにさらっと読むと、犬養道子オバちゃんて怖い!、という感想しかない)。
昔、大阪の下町の商店街で
「○○ってお店探してるんですけど、教えてもらえませんか」
と尋ねたら
「○○な、アレはアッちゃんの店の隣や」
と言われたことがある。
そこにずっと住む人は、アッちゃんが誰だか知らない人がいる、ということが想像できないのだ。
まあもうここまで来るといいけどなあ、おもしろいし。
それにしても誰やねん、アッちゃんて。
たとえば
「カナダでは車で大型スーパーに行って、1週間ぶんの食料品を買い込みます」
なんていうのを読んだりすると、カナダって言ったって広いよオイ、と思う。
うちは住んでいるのがバンクーバーのダウンタウンだから買い物はちょこちょこ歩いて2日に一度くらいは行くし、場所によっては冬は1ヶ月に一回しか買い物に行けない、とか、ボートで湖を渡って小さな食料品店に買出しに行く、とかいろいろあるだろう。
たとえば屋久島と東京の23区内では生活様式や気候や習慣などが違うように、その国の中でも住んでいる地域によって違ってくる、という想像力がポッカリ抜けているのである。
これはそんな日本人に、駐在員として(主にその妻向けだが)外国に住んだとき
「そんなに想像力が欠如しているようではイカンよ!」とか「そんな甘えた態度でどうする、依存心を捨ててもっと自立せよ!」とカツを入れてくれる本。
ようするに「外国でどんなふうに立派に日本人代表として振舞うべきか」という指南書なんである。
20年前に書かれたものだからちょっと内容は古くさいし(もはや外国に行くのは駐在員だけではなくなったし、それほど気負って外国に行くことも当時に比べれば少なくなった)、天下の犬養道子が書いただけあって主に大使館とか会社の代表者とかそれなりに地位のある人の駐在でないと意味がないような感じもなきにしもあらずだけれど(しかも庶民のわれわれには嫌みったらしく読めるところもある)、よくよく読んでみれば、なるほどなあ、と今さらながら納得したり反省したりする点も多い(ちなみにさらっと読むと、犬養道子オバちゃんて怖い!、という感想しかない)。
昔、大阪の下町の商店街で
「○○ってお店探してるんですけど、教えてもらえませんか」
と尋ねたら
「○○な、アレはアッちゃんの店の隣や」
と言われたことがある。
そこにずっと住む人は、アッちゃんが誰だか知らない人がいる、ということが想像できないのだ。
まあもうここまで来るといいけどなあ、おもしろいし。
それにしても誰やねん、アッちゃんて。
2009/07/27
田舎暮らしの体質
まだ若かりし頃、イギリス南部の田舎町に隣接する小さな村に、3ヶ月ほどホームステイをしたことがある。
その村では、家と家との間は車で行き来をしなければいけないほど間隔が空いていたし、ホームステイ先の家の窓からは地平線が見えた。
午前中だけ町の学校で授業があり、そこに行くにはバスで山越えをしなければならず、そのバスは一日に数本ほどしか運行しなかった。
しかもバスで15分ほど山越えをしてたどり着く町の中心は3分もあれば通り抜けられるという、まさにクソ田舎だった。
学校の先生はぽっこりと腹の突き出た赤ら顔のオッサンで、授業が終わると週に何度かはわたしたち未成年を町に1軒しかないパブに連れて行き
「イギリスではビールを頼むときは、パイントという単位を使う」
などと、授業よりも熱心にぬるいビールについて語った。
パブの中はいつも薄暗くて巻きタバコの煙がもうもうとしており、奥にはビリヤード台が一台だけあった。
今考えても授業のことは何ひとつ覚えていないのだが、オッサン先生が赤ら顔でだんだんロレツがまわらなくなっていく様子はなんとなく覚えている。
今思うに、あのオッサンは先生の資格なんて持っていなかったんじゃないかと思う。
とにかく午前中の授業が終わると、毎日がものすごく暇だった。
なにせ遊ぶところもなければ、訪ねてゆく人もなく、こんなクソ田舎で日本人の生徒もほとんどいないし、何もすることがなかった。
仕方がなくビリヤードを覚えたり、あらゆる空き地とか草原とか牧場でフリスビーをしたり、他の生徒たちとパブに溜まってだらだらと時間が過ぎるのを待った。
喫茶店もないし、映画館もないし、自動販売機もなかった。
コンビニなどという夢のような施設(?)など、あるはずもなかった。
町からは夕方5時頃のバスに乗って村に戻り、8時を過ぎると村全体からまったく人気が消えてしまった。
人々は夕食を必ず家で食べ、8時以降に外出するなんてことはよほどのことがない限りあり得なかった。
暇ゆえに、他の生徒たちとはけっこう親しくなった。
なぜかスペイン人やイタリア人、旧ユーゴスラビア人(特にスロベニア人)が多かった。
スペイン人はいつも集団で固まっており、誇り高くて事あるごとに議論になるので面倒だったのだが、スロベニア人は日本人と感じ方が似ている部分もあって気が合い、教会の庭のようなところでスロベニアの民族音楽をかけて皆で踊ったりした。
そんなある日
「町にディスコ(死語?)が来る!」
という噂が飛び交った。
外国の何もない田舎町には、ときおりいろんな催しモノが「やって来る」。
ディスコや、サーカス、移動式遊園地などである。
英語が達者に話せる者はもちろん一人もおらず情報が錯綜する中、わたしたちの一番大きな問題は
「バスもない時間帯にどうやって村と町を往復するか?」
ということであった。
タクシーなどほとんど見かけたことがなかったし、徒歩での山越えは到底無理だった。
仕方がないのでステイ先の家族には内緒で、ヒッチハイクをすることに決めた。
当日、皆で手を振って停めた車にはあきらかに目つきの怪しいオヤジが乗っていた。
しかしこれを逃せば、次の車がいつやって来るかもわからず(そもそも通る車自体があまりないのだ)、とにもかくにも乗り込むことにした。
オヤジの英語はほとんど聞き取れなかったが、なぜか
「ドラッグが欲しけりゃ、オレの泊まってるホテルに来い」
と言われたことだけはハッキリとわかった。
わたしたちは英語がひとこともわからないふりをして、とにかく町に走ってくれと頼み込んだ。
しつこくホテルの部屋番号を連呼するオヤジを無視しつつ、なんとか無事に町で降ろしてもらった。
そんなこんなでたどり着いたディスコはといえば、なんとボロい倉庫を開放してラジカセで音楽を流しているだけ、というものすごいシロモノだった。
倉庫の前にはパラパラと屋台らしきものが並び、コーラなどの飲み物が売られていた。
しかしその頃にはすでに田舎暮らしに適した体質になっており、それはそれでけっこう楽しめた。
後に、ウソをついて家を抜け出したことやヒッチハイクをしたことがバレてステイ先の家族に叱られてしまったけれど、人間何もないところではそれなりに進化(後退?)するものだとわかった、貴重な体験だった。
思うに移住には移住したことでしか経験できないこともあるが、留学やホームステイなど短期滞在でしか体験できないこともたくさんある。
そのときに本人が選んだ(あるいは選ばざるを得なかった)状況を、最大限活用すればいいのだ(なんてエラそうに言っている本人が実は何も活用していないのだけども)。
個人的には留学とかホームステイは短期間にたくさんものを見たりいろんな話を聞いたりしようとするせいか、中身が詰まって濃かったような気がする。
またどこかに留学してみたいな(ってわたしの場合遊んでいたいだけか)。
その村では、家と家との間は車で行き来をしなければいけないほど間隔が空いていたし、ホームステイ先の家の窓からは地平線が見えた。
午前中だけ町の学校で授業があり、そこに行くにはバスで山越えをしなければならず、そのバスは一日に数本ほどしか運行しなかった。
しかもバスで15分ほど山越えをしてたどり着く町の中心は3分もあれば通り抜けられるという、まさにクソ田舎だった。
学校の先生はぽっこりと腹の突き出た赤ら顔のオッサンで、授業が終わると週に何度かはわたしたち未成年を町に1軒しかないパブに連れて行き
「イギリスではビールを頼むときは、パイントという単位を使う」
などと、授業よりも熱心にぬるいビールについて語った。
パブの中はいつも薄暗くて巻きタバコの煙がもうもうとしており、奥にはビリヤード台が一台だけあった。
今考えても授業のことは何ひとつ覚えていないのだが、オッサン先生が赤ら顔でだんだんロレツがまわらなくなっていく様子はなんとなく覚えている。
今思うに、あのオッサンは先生の資格なんて持っていなかったんじゃないかと思う。
とにかく午前中の授業が終わると、毎日がものすごく暇だった。
なにせ遊ぶところもなければ、訪ねてゆく人もなく、こんなクソ田舎で日本人の生徒もほとんどいないし、何もすることがなかった。
仕方がなくビリヤードを覚えたり、あらゆる空き地とか草原とか牧場でフリスビーをしたり、他の生徒たちとパブに溜まってだらだらと時間が過ぎるのを待った。
喫茶店もないし、映画館もないし、自動販売機もなかった。
コンビニなどという夢のような施設(?)など、あるはずもなかった。
町からは夕方5時頃のバスに乗って村に戻り、8時を過ぎると村全体からまったく人気が消えてしまった。
人々は夕食を必ず家で食べ、8時以降に外出するなんてことはよほどのことがない限りあり得なかった。
暇ゆえに、他の生徒たちとはけっこう親しくなった。
なぜかスペイン人やイタリア人、旧ユーゴスラビア人(特にスロベニア人)が多かった。
スペイン人はいつも集団で固まっており、誇り高くて事あるごとに議論になるので面倒だったのだが、スロベニア人は日本人と感じ方が似ている部分もあって気が合い、教会の庭のようなところでスロベニアの民族音楽をかけて皆で踊ったりした。
そんなある日
「町にディスコ(死語?)が来る!」
という噂が飛び交った。
外国の何もない田舎町には、ときおりいろんな催しモノが「やって来る」。
ディスコや、サーカス、移動式遊園地などである。
英語が達者に話せる者はもちろん一人もおらず情報が錯綜する中、わたしたちの一番大きな問題は
「バスもない時間帯にどうやって村と町を往復するか?」
ということであった。
タクシーなどほとんど見かけたことがなかったし、徒歩での山越えは到底無理だった。
仕方がないのでステイ先の家族には内緒で、ヒッチハイクをすることに決めた。
当日、皆で手を振って停めた車にはあきらかに目つきの怪しいオヤジが乗っていた。
しかしこれを逃せば、次の車がいつやって来るかもわからず(そもそも通る車自体があまりないのだ)、とにもかくにも乗り込むことにした。
オヤジの英語はほとんど聞き取れなかったが、なぜか
「ドラッグが欲しけりゃ、オレの泊まってるホテルに来い」
と言われたことだけはハッキリとわかった。
わたしたちは英語がひとこともわからないふりをして、とにかく町に走ってくれと頼み込んだ。
しつこくホテルの部屋番号を連呼するオヤジを無視しつつ、なんとか無事に町で降ろしてもらった。
そんなこんなでたどり着いたディスコはといえば、なんとボロい倉庫を開放してラジカセで音楽を流しているだけ、というものすごいシロモノだった。
倉庫の前にはパラパラと屋台らしきものが並び、コーラなどの飲み物が売られていた。
しかしその頃にはすでに田舎暮らしに適した体質になっており、それはそれでけっこう楽しめた。
後に、ウソをついて家を抜け出したことやヒッチハイクをしたことがバレてステイ先の家族に叱られてしまったけれど、人間何もないところではそれなりに進化(後退?)するものだとわかった、貴重な体験だった。
思うに移住には移住したことでしか経験できないこともあるが、留学やホームステイなど短期滞在でしか体験できないこともたくさんある。
そのときに本人が選んだ(あるいは選ばざるを得なかった)状況を、最大限活用すればいいのだ(なんてエラそうに言っている本人が実は何も活用していないのだけども)。
個人的には留学とかホームステイは短期間にたくさんものを見たりいろんな話を聞いたりしようとするせいか、中身が詰まって濃かったような気がする。
またどこかに留学してみたいな(ってわたしの場合遊んでいたいだけか)。
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